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2017年7月31日月曜日

Arab as it is (素顔のアラブ) 43

今回は、2010年のチュニジアを紹介致します。その前年に、友人の紹介で知り合ったチュニジア人が、マルサ・アートフェスティバルのオーガナイザーだったので、私もこの年の参加者として招待されました。6会場で期間は3週間と長く、私はチュニジアに1ヶ月滞在し、有意義な時間を過ごすことができました。ただ、前年にその国を訪れた際、空港でカメラを取り上げられた経験があったため、アートフェスティバルに参加する書類を携えていたのですが、入国時には何の問題もなし。しかし、出国の際、税関員から、またこの国にくるつもりかと嫌味らしい質問をされました。アラブの春とよばれた市民運動が始まったのは、それから半年後のチュニジアであり、この時期は、国民の不満が溜まって、政府もかなり神経質になっていたのでしょう。


                            Le Kef, TUNISIA
日本を出発しチュニス空港に着くと、前年に友人となったチュニジア人が迎えに来てくれたが、ルケフに住む彼の友人宅へ私も連れて行くと言われ、予約していたホテルをキャンセル。7年ぶりにルケフを訪れたが、ちょうど祭りの時期だったので、楽しく過ごせた。写真は、路上で開かれた日曜市の場面。


                         Raf Raf, TUNISIA
ルケフの後は、友人宅で1週間居候した。彼は歯科医で、かなりの金持ち、観光客に人気のあるシディ・ブ・サイードに住み、中型のクルーザーも所有していた。その1週間に、車でいろんな場所を案内してくれたが、観光客のいない所が多かったので、ローカルな雰囲気を楽しめた。


                            Djerba, TUNISIA
友人宅での居候後、二人でジェルバ島まで飛んだ。彼はそこで仕事、私は彼と別れ、その後3週間程いろんな場所を回った。写真はジェルバでのものだが、このように数人の若者がたむろしていた。後で考えると、チュニジアでは、昼間に若者がうろうろする程、失業率が高かったのだ。


                          Kairouan, TUNISIA
マグレブで最初に建造されたモスクを中心に広がるカイロウアンだが、私はこの町が好きで、度々訪れた。ステップに座り、会話している老人が微笑ましかった。


                         Mahdia, TUNISIA
ここは、イスラームのファティマ朝が最初に都を築いたマハディア、城壁の外、海を眺める場所に広大な墓地が広がっている。


                           Zaghouane, TUNISIA
ナブールからバスに揺られてザグーアンを訪れたが、この地でも露天の市が開かれていたので、祭り気分を満喫した。ここでは、中古のスニーカーが売られていた。


                           Nabeul, TUNISIA
ナブールのモスク前を歩く女性。チュニジアのローカル都市は、結構宗教色が濃く、女性は肌を見せないように頭から足元まで布に覆われている。ただ、白や黒の衣装、また民族衣装等、それぞれの土地によって服装に違いがある。


                            Nabeul, TUNISIA
ナブールの露天では、テラコッタの仮面が売られていた。


                          Monastir, TUNISIA
6月だったが、モナスティールの海岸は、海水浴をする多くのチュニジア人で賑わっていた。確かに、その時期はすごく暑かったため、仲の良い友人が住むオアシスの町、トゥズールを訪れることができなかったことは残念。