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2016年7月30日土曜日

Arab as it is (素顔のアラブ) 31

今回は、キャプションなしで、イエメンの子供達の写真を紹介致します。
























2016年7月27日水曜日

ガラス酒器

まだまだ暑い夏が続きますので、今回は、再びガラス酒器の紹介です。徳利、グラス共に無疵です。



糸目盆に乗せた徳利は、明治〜大正期頃に型吹きで作られたフラスコ型ですが、フォルムが美しい上、胴が面取りされたデザインの珍しいものです。高さ13cm。
グラスも同時期のもので、現在『うすはりグラス』として売られているものの原型です。縦長ですが、容量は8分目まで注いで80ccで、上品なミニマルデザインです。
下に、徳利だけアップしました。



2016年7月20日水曜日

自然石

私は石には特別興味がないのですが、気になればどんな分野のものでも買ってしまいます。ということで、今日は、そんな石を紹介致します。


日本の自然石です。かなり前に入手しましたが、人目につかない場所に置いていたので、ご来店された方の多くはお気付きにならなかったでしょう。色目に魅かれたのですが、この佇まいから何となく大黒さんを想像してしまいます。


こちらは那智黒石です。色も形も良く、傾斜があるにも拘らず何かを乗せたいなと思い、極小の盆栽を乗せると、なかなか様になりました。


以前、これに木蓮を生けてブログに載せたことがありますが、この石の種類が判明しました。
お客さんから、その石と同種のものがかなり前の『小さな蕾』に掲載されていましたよと伺い、2002年発刊の本を持ってきて下さいました。その記載によると、かつて読売巨人軍で活躍された川上哲治さんが、美濃加茂市にある正眼寺の梶浦老師からいただいた、壺石とのことでした。下の写真がそこに掲載されていたもので、色の濃淡やコントラストが少々異なって見えますが、同種の石のようです。



2016年7月15日金曜日

芳賀龍一

5月にアートサロン山木を訪ねた際、陶芸を始めて3年目なのに、こんなやきものを焼く若者がいるのですよと見せていただいたのが、福島県会津出身で、現在は益子にて作陶されている芳賀龍一さんの作品でした。芳賀さんは、武蔵野美大で彫刻を専攻されたものの、3年前から陶芸を本格的に始められたそうで、新人ながらなかなか素敵な作品を作る方だなと思い、先週の個展中に2点購入しました。各地の土をご自身で掘り、釉薬も全て自分で作るという、とても研究熱心で将来が楽しみな陶芸家です。


この飯茶碗は、芳賀さんの作品を初めて見せていただいた時に、まだ値段が決まっていないとのことで取り置きしてもらったものですが、胴に窯疵が入り、程良く流れた釉薬の中に土の鉄分がバランス良く浮き出ています。歪んだ姿も私の好みです。


こちらは、会津の地層を切り取ってそのまま窯で焼いたものだそうで、ミルフィーユのパイ生地のように、いくつもの層が重なっているのが見て分かります。この上に小品を4点乗せて焼いたようで、景色良く仕上がっています。これを砕くと、全てが釉薬として使えるのだそうです。私は、最近、ワインや焼酎を飲む際、ドライフルーツをあてとしてつまむことが多く、その皿として使おうと思っています。

2016年7月13日水曜日

バタック族のフィギュア


インドネシア、スマトラ島に住む、バタック族のフィギュアです。ただ、これはシャーマンが使っていた杖の上部を切り取って作られたものです。杖の下部が壊れて仕方なく切断したのでしょうが、オリジナルの杖は、人物像がいくつも重なるように彫られた木の棒で、トーテムポールの杖版といったところです。彫りの良い完品の杖はとても素敵ですが、なかなかの値がします。

2016年7月6日水曜日

磁州窯天目双耳壺


中国元代、磁州窯の天目双耳壺ですが、高さが9.5cmと小さく、天目釉がしっかりと残った無疵完好の品です。花器としても使用できますが、この大きさなら、ホヤを被せれば香炉として使えます。私は時々、野の花を生けますが、花屋さんで買うものより、そちらの方が素朴で好きなのです。花持ちが悪いので、花屋さんでは扱わないのでしょうか。

2016年6月30日木曜日

Arab as it is (素顔のアラブ) 30

前回に続き、今日も2007年のイエメンですが、今回は、イエメン東部の町であるサユーンを中心とした地域の紹介です。


                            Say'un, YEMEN
首都サナアから飛行機で東へ1時間程の位置にサユーンがある。この白い建物はかつては王宮であったが、現在は博物館として利用されている。この町で撮影中、気温が高くて身体が火照っていたせいか、急に鼻血を出し困っていると、1人の男性がやって来て、首筋に水をかければ良いと水飲み場で処置をしてくれた。髭をはやし怖そうな顔をしていたその男性は、その後すぐに立ち去ったが、困っている人に対するムスリムの行いに感激した。ただ、右手に持ったカメラに水がかからないかと、かなり心配したが。


                      Say'un, YEMEN
露天商が暇で、新聞を読んでいる。売れるものは何でもといった感じの品揃え。戦後すぐの日本も、このような状態だったのではと想像する。


                       Say'un, YEMEN
ここでも、建物の前で露天商が商いをしているが、主人の横に並べているのは木の枝を切ったもので、歯ブラシ代わりに使うという。その横で、子供が喫煙中。


                           Say'un, YEMEN
今から9年前の光景だが、アラブの最貧国でも携帯電話が普及していた。電話線の工事が不必要なだけ、有線電話より携帯の方が都合が良いのだろう。


                      Wadi Hadahramawt, YEMEN
長さが160kmもある、ワディ・ハダラマートと呼ばれる谷がイエメン東部に広がる。のどかな風景が広がるが、この辺りはオサマ・ビン・ラディンの先祖が生まれた地である。


                          Shibam, YEMEN
砂漠の中に、ユネスコの世界遺産に指定されているシバームの摩天楼が広がる。石と日干しレンガで建てられた、高さ30m程ある建物が500軒以上集まっている。34年前にニューヨークを訪れた際、ケネディ空港からマンハッタンに向かう途中、摩天楼が眼前に現れた時に感動したが、砂漠の中の摩天楼にも感激した。


                            Shibam, YEMEN
夕方、その摩天楼脇の広場で、若者がフットボールを楽しんでいた。


                           Shibam, YEMEN
摩天楼の建物の修理をしている場面だが、工事の方法は近代化されていない。古代の建造物も含め、人間の物作りに関する知恵と執念はすごいなあと感心してしまう。


                           Shibam, YEMEN
ここも摩天楼内の一部だが、老人がシエスタ中。日本と違い、時間がゆっくりと流れている気がした。


                             Tarim, YEMEN
サユーンから東へ35km程の位置にタリムという町が存在する。ここはイエメンにおけるイスラーム教の中心地で、イエメン人だけではなく、他のアラブ諸国やマレーシア、インドネシア等からもイスラームを学ぶ人達がやってくる。小さな町に、350以上のモスクが存在するという。この写真は、ガソリンスタンドで、バイクに給油している場面。